タクラマカン砂漠を取り囲むようにオアシス都市が点在するこの地にイスラムが伝わったのは10世紀だといわれている。伝わるというより、それは仏教との戦いの歴史であり、長い年月を経て浸透していき、さまざまなイスラムの英 雄伝説として語り継がれている。
 ウイグルのイスラムは中国の社会主義体制など、激動の歴史を経験して、複雑な様相を見せており、中東アラブ世界のイスラムとはかなり異なる。





ウイグルの文学者オトクールの写真
彼の詩イズ(足跡)
このようにウイグル・レストラン、ウイグル医学病院などによく掲げてある。

『もし、砂が激しく吹き飛び、
砂丘さえ動いたとしても
われわれの足跡を消すことは決してない、
止まる事なきキャラバンの行路から、
馬たちはほんとにやせて育つけれども、
われわれの孫、われわれの子孫は
必ずこの足跡をいつか見つけるだろう
間違いなく』




カシュガルの有名なエイティガル・モスク



エイティガルモスクの正面の大門、年寄りの憩いの場となっている。

ホータンのモスク
 
ホータンの隣、カラカシュのモスク


ホータンとカシュガルの中間、ヤルカンドのバザールとモスク


ロプのモスク
 

中国風イスラム寺院

北京の回族イスラム寺院、普通は女性は自宅で祈
るが、ここは女性のための拝殿がある。

北京の牛街、イスラムの回族が多く住んでいる。


同じイスラムでも、ウイグルとは文化違う、しかし、このように羊を食べ、豚肉タブーは同じ


ホータン市内のモスク改修中

ここにイスラムを伝えた人の墓、アラブ風の名前です。


モスクの前で共同の道普請

北京のモスク


ホータン郊外のマリカトワ仏教遺跡、異教に対してはきびしいイスラムだからいまはただの土の塊しか残っていない。



イスラムの風景

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